東京高等裁判所 昭和38年(ネ)3064号 判決 1966年4月14日
控訴人(被告)
永楽信用金庫
代理人
秋吉一男・外一名
被控訴人(原告)
広瀬美知
代理人
森真一郎・外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の提出、援用、認否≪省略≫
理由
訴外桜井政雄が控訴人金庫北沢支店次席の職にあり、訴外猪狩金治郎が同支店の得意先係として預金の募集と集金の職務に従事し、訴外平山君江が同支店の定期預金係として定期預金受け入れの職務に従事していたことは、当事者間に争いがない。
そこで、控訴人の被用者たる右訴外人らの不法行為の有無について判断する。<証拠>を総合すれば、訴外蔵本猛外一名は、猪狩金治郎と共謀のうえ、控訴人金庫北沢支店長作成名義の定期預金証書を偽造してこれを担保に差し入れて金融を受けようと企て、まず、昭和三四年六月一〇日すぎ頃、猪狩が前記定期預金係をしていた平山君江に対し「親戚の定期預金が満期になつたが、僕が使いこんでしまつたので、定期預金証書の用紙三枚を都合してくれ。それを使つて親戚の定期預金証書を書き替えたようにしておきたいから。」と頼みこみ、同女を通じて控訴人金庫備え付けの定期預金証書の用紙三枚を手に入れたこと、そこで、猪狩および蔵本外一名は、同月中旬頃猪狩の自宅および旅館かたばみ荘において、互に意思を相通じて、右定期預金証書の用紙三枚にそれぞれ証書番号を「1316・1317・1318」、額面を「金五百万円」、預入日を昭和34年6月10日」、期間を「六ケ月」、満期日を「昭和34年12月10日」、利率を「年5分6厘」、預金者「蔵本猛」(但し、証書番号1317のもの。これが本件定期預金証書たる検甲第一号証の一である。)と記入し、これに同人らの偽造にかかる控訴人金庫の角印・同金庫北沢支店長の記名印・職員等を押捺して、同金庫北沢支店長作成名義の額面五〇〇万円の定期預金証書三通を偽造したこと、ところで、右に先立ち、猪狩は、得意先係として使用する控訴人金庫の用紙に、預金者を蔵本とする契約金額五〇〇万円を領収した旨架空の記載をし、自己の職員を押捺して作成した仮証一通(検甲第二号証の一、その作成については争いがない。)を蔵本に手渡し、蔵本は、これを被控訴人に示して「このとおり預金してある。本証(定期預金証書)はすぐできるから、それを担保に金を貸してくれ。」と懇請しておいたこと、そこで、蔵本は、右述のように定期預金証書を偽造した後間もなく、そのうち自己名義を預金者としたもの一通(検甲第一号証の一)を被控訴人のもとに持参して、重ねて融資を懇請し、同人をして右定期預金証書が真正に作成されたものであり、満期に払い戻される金五〇〇万円でもつて、融資金のほか蔵本に対する従来の債権金二〇〇万円をも清算して確実に回収することができるものと誤信させ、右定期預金証書の裏面に、預め蔵本の領収印を押捺し、これにその印鑑を添えて被控訴人のもとに預けおき、満期には、被控訴人において自らもしくは蔵本を同道して、控訴人金庫北沢支店に赴き預金の払戻を受けて両名間の債権債務を決済することにし、右約旨のもとに被控訴人から金一〇〇万円の貸与を受けたのであるが、その後、現在に至るまで返済せず、返済の資力もないと窺われること、以上のように認めることができる。<証拠>中、右認定に反する部分は、信用できない。
≪中略≫ そうすると、被控訴人は、貸金一〇〇万円に相当する損害をこうむつたものというべきであるが、その損害が生じたのは、虚偽の仮証および偽造の定期預金証書を利用した蔵本の欺罔行為に基づくものであり、猪狩は、当初から蔵本と共謀のうえ、右仮証の発行と定期預金証書の偽造に直接関与していたものであり、これら蔵本・猪狩の行為が可能であつたのは、平山が控訴人金庫備え付けの定期預金証書用紙を猪狩が不正に使用することを知りながら、同人の頼みに応じて同人に交付したがためであるということができる。そして、平山は、先に認定のとおり定期預金証書用紙が偽造の用に供されることを知つていたのであるから、それがひいては、本件のような欺罔の手段に利用されることをも予期し得たはずであるというべく、この平山の過失行為と猪狩・蔵本らの故意行為とが共同不法行為を構成し、それによつて被控訴人の損害が発生したものと解するのが相当である。≪中略≫
進んで、平山・猪狩の不法行為について、それが使用者たる控訴人の事業の執行につきなされたものといえるかどうかを考えるに、右被用者らの先に認定した行為が、その職務執行行為そのものに属さないことはいうまでもない。しかしながら、被用者の不法行為がその外形から客観的に観察して、その者の職務の範囲内に属するものと認められるならば、これをもつて、事業の執行につきなされたものを解するのが相当であるから、以下には、この点につき検討を加える。<証拠>を総合すれば、控訴人金庫北沢支店は、当時支店長・次席のほか一四名の職員を擁し、庶務・出納・預金・貸付の係と得意先係とに分れていたが、前記のように、平山は預金係(同人のみ)を担当し、猪狩は得意先係(同人ほか六名)を担当していたものであること、右両名の職務内容を定期預金証書の発行(交付を含む。)に即してみるならば、まず、猪狩は、顧客から定期預金の申込を受けて現金を預り、仮証を発行して顧客に渡した後、支店の窓口で現金に定期預金申込書(定期預金収入伝票で代用)をそえて預金係の平山に提出し、その後、同人から後記の手順で作成された定期預金証書を受け取り、これを先の仮証と引き換えに顧客に交付するという職務に従事していたものであり、平山は、支店の窓口で顧客から直接もしくは右のように得意先係から、現金と定期預金申込書(定期預金収入伝票)を受け取ると、定期預金証書用紙と定期預金元帳に必要事項を記入してこれを支店長もしくは次席に提出し、現金と収入伝票(定期預金申込書)とは、出納係に送付し、出納係は、現金を収納して収入伝票に領収印を押捺し、これを支店長もしくは次席に送付し、支店長もしくは次席は、先に平山より提出されていた定期預金証書用紙と定期預金元帳と右の収入伝票を照合したうえで、右の定期預金証書用紙に自己の保管にかかる控訴人金庫北沢支店角印・支店長職印・支店長の記名印等を押捺してこれを平山に交付し、平山は、このようにして完成された定期預金証書を顧客もしくは得意先係に交付するという職務に従事していたものであつたこと、定期預金証書用紙は五〇枚綴りになつていて、支店長もしくは次席が責任者として支店事務所内の金庫に保管し、開店と同時に金庫から出して点検のうえ預金係に渡し、閉店時にも同係から受け取つて点検し、これを金庫にしまう建前になつていたけれども、支店の規模が小さく定期預金の件数も少なかつた等の事情から、右の建前は励行されず、定期預金証書用紙の保管は、かなりルーズな状況にあつたこと、現に、平山は、執務時間中の午後四時半頃、右事務所の金庫内にあつた定期預金証書用紙の綴から三枚の用紙を切り取つたのであるが、その後しばらくの間、猪狩を除く職員の誰からもこのことを気づかれなかつたこと、以上のように認めることができる。
右認定の事実によれば、平山は、定期預金証書発行の権限を有するものではないが、預金係として、支店長もしくは次席の監督のもとにその命を受けて、証書作成につき密接な関連を有する職務に従事していたものというべく、支店における定期預金証書用紙の保管方法がルーズであつたことも加わつて、右証書用紙を勝手に持ち出すことが客観的に容易な状態に置かれていたものということができる。それに、猪狩が虚偽の仮証(検甲第二号証の一)を発行し、これと偽造の定期預金証書(検甲第一号証の一)を蔵本に交付した行為が、外形上、まさに同人の職務(得意先係)の範囲内に属するとみられることはいうまでもない(ただ本件定期預金証書が偽造のものであつたという点が正規の職務と異るに止まる。)。もつとも、定期預金証書の偽造行為に直接関与したのは、猪狩であつて平山ではなく、猪狩が証書の作成と直接関連する職務に従事していたものとは、認められないのであるが、既に判示したごとく、平山は、偽造の用に供されることを知りながら定期預金証書用紙を猪狩に交付し、猪狩は、この用紙を利用して定期預金証書を偽造したのであつて、右両名の行為は、共同不法行為を構成する関係にあり、しかも本件不法行為の態様からみて、支店備え付けの正規の用紙が利用された点を重要視すべきであると考えられる。そうとすれば、本件における平山・猪狩両名の行為は、一連の行為として全体的にこれを観察し、外形上、同人らの職務の範囲内に属するものと解するのが相当であるから、控訴人の事業の執行につきなされた行為であるというべく、控訴人は、使用者として被控訴人がこうむつた前記損害を賠償すべき義務を負うものである。≪以下省略≫(近藤完爾 浅賀 栄 佐藤邦夫)